西武ライオンズに復帰が決定的になった松井稼頭央選手についてまとめてみた、ロッキーズ アストロズ編 | CGと野球と格闘技が好きンゴー

西武ライオンズに復帰が決定的になった松井稼頭央選手についてまとめてみた、ロッキーズ アストロズ編

<img src=”松井稼頭央.jpg” alt=”松井稼頭央ロッキーズ優勝”>




松井稼頭央、メジャー挑戦へ


西武復帰が決定的とニュースになっている松井稼頭央選手ついてまとめてみようと思います。
今回はメッツから移籍した後の、ロッキーズ・アストロズ編です。

前回の記事は、こちらです。
前々回の記事は、こちらです。
西武ライオンズに復帰が決定的になった松井稼頭央選手についてまとめてみた、西武時代|野球と格闘技が好きンゴー
西武ライオンズに復帰が決定的になった松井稼頭央選手についてまとめてみた、西武時代|野球と格闘技が好きンゴー



ロッキーズへ移籍


2006年6月9日にエリ・マレーロ(クリス・マレーロの叔父)との交換トレードでコロラド・ロッキーズへ移籍することになりました。
過去、日本人メジャーリーガーでは吉井理人マック鈴木在籍していたチームです。

12日にコロラドスプリングスに合流。
ロッキーズでの守備位置がまだ確定しておらず、この日は2年ぶりに遊撃を守ります。
8月22日にメジャーに復帰し移籍後の同年のメジャー成績は32試合に出場し、打率.345、2本塁打、19打点、8盗塁、OPS.896。遊撃手、二塁手、代打などで出場しました
自主トレではバリー・ボンズが声をかけてくれたのを機に、合同で打撃練習も行ったりもし、ボンズは松井にいろいろなアドバイスをしてくれたといいます。


ワールドシリーズ優勝


腰痛で離脱してしまう事もありましたが復帰後はチームに貢献し
チームはワイルドカードによるプレーオフ進出を果たします。
ポストシーズンでは、10月4日のフィラデルフィア・フィリーズとのディビジョンシリーズ第2戦で逆転満塁本塁打を放ちました。

チームはリーグチャンピオンシップシリーズアリゾナ・ダイヤモンドバックスをスイープでリーグ初優勝を決め、球団創設以来初となるワールドシリーズ出場を果たしました。


ワールドシリーズでは元チームメートの松坂大輔岡島秀樹が所属する
ボストン・レッドソックスとの対決となり、第3戦には松坂から初回先頭打者安打を放ちます

チームは第4戦で敗れましたが、自身のポストシーズン通算成績は打率.304、OPS.847と好成績を残しました。

8月終了時には打率3割を誇り、最終的に.288を記録
また、リーグ9位となる32盗塁を記録し、盗塁死4で成功率.889を記録。
rWARでは3.4を記録し、MLBのスタメン二塁手30人中12位と、少ない出場数にもかかわらず高位置につけ、メジャートップクラスの二塁手に成長したと評されました。



オフにFA


<img src=”松井稼頭央.jpg” alt=”アストロズの松井稼頭央”>


2007年12月2日にヒューストン・アストロズと3年総額1650万ドル(約18億3000万円)の契約を契約をしました
2007年限りで現役を引退したクレイグ・ビジオの後釜として期待され背番号は「3」。

開幕直前に臀部の手術により戦線離脱をしてしまいますが最終的に
同年の成績は打率.293を記録し、MLB通算打率は.277に上昇。
岩村明憲に次ぐ日本人内野手歴代2位に浮上しました。



NPB/MLB通算2000本安打を達成


翌年も怪我に見舞われ5月29日に6年連続9度目の故障者リスト入りをしてしまいます。
復帰後の8月15日のブルワーズ戦で、日本人野手としてはイチロー松井秀喜に続き
3人目となるNPB/MLB通算2000本安打を達成
試合後には西武時代の監督である東尾修より、日本プロ野球名球会のブレザーを授与
されます。
<img src=”松井稼頭央.jpg” alt=”東尾修より、日本プロ野球名球会のブレザーを授与される”>


9月10日のブレーブス戦では複数安打を記録し日米通算2019安打とし、柴田勲が持つ日本人両打ち打者の最多安打2018本を超えました
この年も故障で離脱があったもののメジャー移籍後最多となる132試合に出場しメジャー移籍後2度目となる規定打席到達を果たしたこともあり、本塁打等で自己最高の成績を残します。
得点圏打率は.323であり、得点圏OPS.952は日本人最高値で、歴代でもシーズン記録としては日本人2位、特に満塁の場面では8打数5安打10打点でした。
一方で二年連続で20盗塁以上を記録していた盗塁数は19に終わり、打率は.250という
成績でした。


アストロズを解雇され、ロッキーズへ移籍


翌年の2010年は先発出場を外れる機会も多くシーズン途中にチームを解雇
されてしまいます。

その後、コロラド・ロッキーズとマイナー契約を結び、傘下のAAA級のコロラドスプリングスでプレー。
メジャー昇格を目指すものの、昇格することなくシーズンを終えてFAとなり、代理人のアーン・テレムとの契約も解除となりました。
MLBでは合計7年間プレーし、通算615安打を記録。
7年間ですべてのMiLBの組織を経験しました。


日本球界No.1遊撃手だった松井稼頭央

日本球界No.1遊撃手だった松井稼頭央選手はメジャー初年度はエラーも多く
メジャーリーグのレベルではないと評価を受けてしまいますが
ワールドシリーズにも出場し最終的に、メジャートップクラスのセカンドに成長したと
評されるまでになりました。

松井稼頭央は「メジャーに来て、打撃・守備・走塁すべてで力不足を痛感しました。 メジャーに挑戦せず日本にいたら、勘違いしたままだったと思います。」と話した
事があります。

日本球界にいた頃ほどの成績は残せませんでしたが最後までがむしゃらに頑張ったと
思います。

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